早期の社会復帰を目指して
医療関係者の方へ
早期の社会復帰を目指して
心臓弁には、大動脈弁、僧帽弁、肺動脈弁、三尖弁の4つがあり、それぞれ狭窄症、閉鎖不全症、狭窄兼閉鎖不全症があります。従って単独の弁膜症だけでも4×3=12種類の弁膜症が存在します。さらに大動脈弁狭窄症に僧帽弁狭窄症を合併する2弁に及ぶ弁膜症や、それらに三尖弁閉鎖不全症を合併する3弁に及ぶ弁膜症(これらを連合弁膜症と呼びます)など複数の組み合わせも存在します。病因は、リウマチ性、動脈硬化性などで、すべての弁膜症に共通するものもありますが、例えば、大動脈解離による大動脈弁閉鎖不全症や大動脈二尖弁による大動脈狭窄症など特有なものもあり多彩です。表1に主な成人の代表的弁膜症の病因を示します。
左心室に圧負荷がかかり、心筋が肥厚し代償します(代償期)。過剰な圧負荷が持続することにより、非代償期へと移行し、胸痛、失神、心不全、不整脈を引き起こします。内科治療のみでは症状が出現してからは2〜3年の寿命とされています⑴。図1に大動脈弁狭窄症の自然歴を示します。症状がなくとも同年代の一般人口と比較すると生存率は不良です。初診時に無症状であっても、5年以内には3分の2の人には症状が出現します。
慢性の病態では容量負荷に対し心筋は代償しますが、急性の場合は代償できずに急速に心不全となることもあります。非代償期となると易疲労感、動悸、息切れなどの症状が出現します。重症の大動脈弁閉鎖不全症の自然予後は、5年以内に4人のうち1人が死亡、3人のうち1人が心不全に陥るという報告があります。症状が出現した後の生命予後は同年代の一般人口と比較すると不良です。症状がなくとも、左室駆出率が55%以下に低下している人や、左室拡大が起こっている人は生命予後が悪いとされています。表2に大動脈弁閉鎖不全症の自然歴を示します。
左室流入障害のために、左室の圧負荷・容量負荷はありません。左房圧の上昇により、肺高血圧や三尖弁閉鎖不全症の合併や心房細動となることも病態を修飾する因子として挙げられます。正常の僧帽弁口面積は4〜6㎠であり、2㎠以下になると中等度の僧帽弁狭窄症、1.0㎠以下となると重症とされ、0.5㎠が生存許容限界とされています。症状は、労作時動悸・息切れ、血痰、呼吸困難、塞栓症状などがあり、病気の進行とともに浮腫、肝腫大などの右心不全症状を併発していきます。
容量負荷により左房拡大がおこり、代償困難となると、心不全の症状が出現します。僧帽弁閉鎖不全症全体では一般人口と生命予後に差がないとされています。ただし僧帽弁閉鎖不全症の程度が中等度以上か左室機能低下がある場合は、生命予後が不良であると報告されています。さらに心房細動を合併し塞栓症をおこす危険性も年々増加します。高度僧帽弁閉鎖不全症の治療方針を図2に示します。
流入血液が減少し、低心拍出に陥ること、肝腫大や下肢の浮腫を伴う静脈圧の上昇により、易疲労感や不穏感がみられる。また僧帽弁狭窄症に合併して起こることが多いが、僧帽弁狭窄症の症状は三尖弁狭窄による低心拍出のため顕著に現れません。
肺高血圧症の進行とともに三尖弁閉鎖不全症の症状、易疲労感、不穏感が著名となります。また静脈圧上昇により、肝腫大、下肢の浮腫、腹水貯留などが起こります。左側弁膜症に伴う、二次性の三尖弁閉鎖不全症が多く、軽度のものは左側弁の外科治療によって消失するものもありますが、進行していくものも存在します。
手術適応については、手術による病態の改善度と手術危険度を考慮し慎重に決定されます。手術適応については弁膜疾患の非薬物治療に関するガイドライン(2007年改訂版)を基に述べたいと思います(http://www.j-circ.or.jp/index.htm)。
狭心症、失神、心不全などの症状が出現したら絶対的適応です。無症状の場合は、圧格差が軽度の場合は1~2年毎に、高度であれば3~6か月毎に心エコーでフォローアップを行い、症状が出現したら治療となります。高齢者に対する手術適応は、患者の身体活動度、精神状態、および一般的な生活の質を含め、手術リスクと術後の予後を考慮して決定します。
急性の大動脈弁閉鎖不全症では、その原因疾患からみても、内科的に心不全のコントロールが困難な状況下で生じており、外科的治療の適応について早急に検討する必要があります。慢性大動脈弁閉鎖不全症では、大動脈弁閉鎖不全症重症度と、症状の有無、左室の大きさと収縮機能が治療法選択のための重要な情報となります。代償期には内科的治療を継続しながら、症状と心エコー検査の定期的フォローアップを行い、左室機能が低下する前に手術を行うことが予後の改善につながると考えられています。
NYHA II 度以上の臨床症状、心房細動の出現、血栓塞栓症の出現が重要です。一般的に弁狭窄が中等度以上(僧帽弁口面積 < 1.5㎠)になると左房から左室への血液流入障害が生じるとされ、労作時に左房圧上昇に基づく臨床症状が出現します。NYHA 心機能分類の悪化や運動耐容能の低下に加えて、心臓エコー検査での左房径の拡大、弁口面積の経時的狭小化、運動負荷時の肺高血圧、心房細動の出現は手術適応を考慮する指標となります。また左房内血栓も手術適応の指標となります。表3に僧帽弁置換術の適応を示します。
急性僧帽弁閉鎖不全症では、末梢血管拡張薬、カテコールアミンの投与によって血行動態の改善が得られない場合、緊急手術の適応となります。慢性僧帽弁閉鎖不全症の手術時期の決定には経時的な臨床症状と心エコー検査が必要です。左室駆出率(LVEF) が60%未満となると、術後の生存率が悪くなると報告されております。左室収縮末期径(LVDs)は、後負荷による影響がLVEFより少なく、左室機能が低下し始める時期を知るうえで有用です。LVDs が40㎜ 以上の場合は手術後の左室機能が正常に復帰しない可能性があるとも報告されています。左室機能が正常であっても、心不全症状があれば手が推奨されます。左室機能不全がある場合は、高度の心機能不全が進行する前に手術を行うのが原則です。
合併する左側弁の手術タイミングによって判断されることが多いようです。単独の場合は、平均圧較差₅mmHg 以上、弁口面積2.0㎠以下のときに適応となります。
二次性三尖弁閉鎖不全症の手術適応は一般に逆流が3度以上とされています。三尖弁閉鎖不全症が2度であっても心房細動や肺高家血圧を合併し、弁輪拡大を認める症例は手術適応と考えられています。表4に三尖弁閉鎖不全症の手術適応を示します。
心臓弁膜症の外科治療は1952年にHunfagel のボール弁が、大動脈弁閉鎖不全症患者の胸部下行大動脈へ移植されたことにより始まりました。当時は人工心肺が臨床使用されていなかったためマルチポイント固定法で素早く移植されました。人工心肺下での成功例は1956年に同種大動脈弁の移植が行われたことにより始まりました。この時代に人工心肺が臨床使用できるようになったおかげで、心臓外科手術が確立されました。
1 9 6 0 年にはHarken がcagedball 弁を大動脈弁に、Braunwaldがカップ型のポリウレタンの僧帽弁を、それぞれ初めて移植に成功しました。機械弁はその後、デイスク弁から二葉弁へと発展し、現在の主流は二葉弁となっています。機械弁の歴史を図3に示します。機械弁について以前に機械三尖弁の研究を行っておりましたので後で紹介したいと思います。生体弁は、同種大動脈弁、同種脳硬膜弁などから、ブタ大動脈弁やウシ心膜弁などに発展し、抗石灰化処理の改良などが進歩し現在に至っております。

人工心肺下の弁置換手術が始まり50年が経過したばかりです。この項では基本的な弁置換術の説明は割愛させていただき、それ以外の治療や成績などについてご紹介したいと思います。手術件数、成績などは2008年日本胸部外科学会学術調査に基づいております(http://www.jpats.org/)。
大動脈弁疾患手術のほとんどは弁置換術が占めています。2008年胸部外科学会学術調査においては、単弁での大動脈弁手術7050例のうち、弁形成術は88例でした。人工弁は生体弁61%、機械弁38%で年々生体弁の割合が増加してきています。術後30日以内の死亡は2%以下と安定した成績となっております。大動脈弁形成術は大動脈二尖弁の形成術、自己弁温存大動脈基部再建術に伴う形成術などがあります。三尖の大動脈弁に対する形成術は大動脈弁の解剖学的理由や高度の技術を要するため、また長期の耐久性に疑問があるために一般的な手技とまでには至っておりません。大動脈弁狭窄症で極めて手術危険性の高い方へのカテーテルでの大動脈弁置換術が施行可能となり、日本でも治験が行われております。
前述の学術調査においては、単弁での僧帽弁手術4406例のうち、弁形成術は59%で、弁置換術のうち人工弁は生体弁16%、機械弁25%でした。術後30日以内の死亡は、弁形成術で0・88%、弁置換術で2・83%でした。僧帽弁は解剖学的構造上、形成術が広く行われております。弁形成術は心機能温存や術後抗凝固療法の点において利点が多いと言われています。
単弁での三尖弁手術は271例であり、他弁疾患に伴う三尖弁手術は800例でした。やはり二次性三尖弁疾患が多くを占めております。三尖弁については原因から弁輪縫縮術がほとんどを占めております。最近は人工弁輪を用いた弁輪縫縮術でさらに安定した成績となっております⑵。
弁膜症手術総数16747件のうち、再手術は1150件でした。これからは初回生体弁手術後の構造的機能不全に対する再手術が増加する可能性が高いと思われます。再手術全体での術後30日以内の死亡は4・17%と初回手術より高いという結果でした。これは人工弁置換術後感染性心内膜炎に対する治療が含まれていることが主因であるかもしれません。いずれにしても今後は再手術において高度な技術を求められる機会が増えていくと思われます。例えば大動脈弁置換術時に治療適応でなかった僧帽弁閉鎖不全症が進行し、手術となることもあります。僧帽弁閉鎖不全症手術時に存在しなかった三尖弁閉鎖不全症の出現などもあります。このような症例も実際増えてきております。
人工弁には機械弁と生体弁があります。代表的な弁を図4に示します。それぞれ利点、欠点はありますが、年齢、置換部位、併存疾患などを総合的に判断した上でいずれかが選択されます。

機械弁は耐久性に優れますが、ワーファリンの永続内服が必要となります。生体弁はワーファリンの内服は必ずしも必要ではありませんが、耐久性では機械弁に劣ります。以前に行いました臨床研究では本邦で使用可能な2種類の生体弁間では明らかな違いはないようです⑶。
成人弁置換術の対象者で使用可能な最小の機械弁や生体弁を用いる場合もさほど大きな問題がないこともわかってきました⑷。元々の弁膜症はどちらの弁を使用しても治療できますが、人工心臓弁が万能ではないために手術後も定期的なフォローアップが必要となります。従って弁置換術後という特殊な状態は永続します。
人工弁置換術後の主な合併症として、構造的機能不全(人工弁自体の劣化など)、非構造的機能不全(弁周囲逆流など)、血栓塞栓症、血栓症、心内膜炎などがあります。ワーファリン内服による出血性合併症も含まれます。表5に機械弁置換術後の合併症を示します。

僧帽弁置換で塞栓症の発生が高い傾向がみられます。ワーファリンを必要としない機械弁があれば、手術治療は必要ですが、現時点での究極の人工弁となるかもしれません。この命題に答えるべく、1999年から2001年までアメリカ オハイオ州Cleveland clinic で参加しました研究をご紹介します。
現在の機械弁は2葉弁が主体ですが、前述の如くワーファリンを必要とします。現在の機械弁では必須でPTINRをやや低いレベルで維持できるといったところが限界のようです。このため、機械弁の構造自体を3葉弁とすることが考えられました。機械3葉弁は中心流がえられ、より生理的であり、血栓形成も少ないと考えられました。
図5私が担当しました研究は、この機械3葉弁を子牛の僧帽弁位へ植え込み、ワーファリンを投与せずに5カ月間の術後経過を観察し、体内での3葉弁の状態、血栓塞栓症の発生などを調べるものでした。この研究の結果、良好な組織及び血液適合性が示され、抗凝固療法なしでの臨床応用の可能性が示唆されました⑸。残念ながら諸事情により現時点では臨床段階とまではいたっておりません。
皮膚切開を短くした弁手術は、美容上も優れますが、術後の回復も早いとも言われています⑹。現在も一部で行われていますが、さらに普及し進歩していくかもしれません。また弁膜症手術に欠かせない人工心肺もさらに生体適合性が高まっています。
近年のカテーテル治療の発展は目覚ましいものがあります。大動脈弁狭窄症についてはすでに臨床でカテーテルによる弁置換術が行われており、ほかの弁膜症についても応用される時代がくるかもしれません。
ワーファリンのモニタリングは通院が必要でしたが、携帯可能なモニター(コアグチェック)が開発され臨床使用されています。個人レベル、診療所レベルでも簡単にモニタリングが可能となり、ワーファリンの適正使用がさらに普及し、血栓塞栓症や出血合併症の軽減につながることが期待されます。
ワーファリンに代わる抗凝固薬としてDabigatran が期待されます。抗凝固モニタリングの必要なく、作用を発揮します。現時点では非弁膜症の心房細動のみと適応が限られていますが、弁膜症術後についても治験が予定されています。
自身の細胞から弁を再生し置換する、心臓を再生し移植するといった時代がくるかもしれません。
心臓弁膜症の外科治療は50年という短い歴史の中でかなり安全に施行できるようになりました。今では各地域で日々普通に行われるようになったのも、先達の情熱、努力の賜物だと感謝します。一方まだ進歩、発展の余地は十分あり今後もより一層注力していきたいと思います。