大隅鹿屋病院

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腹膜透析の可能性

低心機能透析患者に対する挑戦

内科 田村 幸大

日本腎臓学会よりCKD(Chronic kidney disease: 慢性腎臓病)診療ガイドラインが作成され、2009 年には改訂も行われています。CKDという言葉が腎臓専門医以外でも通用するようになりつつあります。そのCKD 診療ガイドラインの中で注目を集めたのは、「CKD 患者において、ESKD(End stage kidney disease 末期腎不全)のため透析導入されるよりも、経過中にCVD(cardio vascular disease: 心血管疾患)により死亡するリスクが高い」という点でした。それまでCKD患者は腎機能低下により透析をしなければならなくるという観点からの対応をしておりましたが、CVD を如何に回避するかという観点からの対応も同時に要求される事となりました。そう言われてみると、私の恩師である湘南鎌倉病院腎臓内科の小林修三先生は透析導入になる患者に対して「様々なリスクを乗り越えて、透析までたどり着けた事は幸運でしたね。これからは透析をしながら長生きする方法を一緒に考えて行きましょう。」と語っていました。

このようにCKD はCVD と密接に関連している事が明らかになりました。

さて、当院では現在約105 名の透析患者を管理しております。内訳は血液透析(HD)90名、腹膜透析(PD)10名、血液透析・腹膜透析併用5名です。日本では透析患者の4%を占めるにすぎないPDを当院では5年前から取り組み始めました。様々な症例を経験し、これまでに約30例のPD 導入を行っております。

本稿ではminority とも言えるPD に取り組むきっかけとなった低心機能透析患者に対するPD 療法について述べさせて頂きます。

鹿児島県第2位の心臓カテーテル治療件数を誇る循環器内科、大隅半島唯一の心臓血管外科を有する当院では、必然的に低心機能のCKD 患者も多くなります。そのような中では、「心不全治療のために利尿剤を増やしたら腎機能が悪化した」「脱水気味になって腎機能が悪化したから利尿剤を減らしたら心不全になった」という非常に悩ましい状況に陥ります。また、維持透析中の患者においても、「除水を増やしたら血圧が低下して透析を早めに終了した」「水を残して終了したら溢水状態で救急搬入された」という事もしばしば経験します。心臓と腎臓とどちらに重きをおいて良いのか苦悩する事となります。6年前、私はその答えを見いだす事が出来ずに悩み続けていました。そのような中、低心機能の透析患者に対するPD のメリットが学会で発表されており、取り組んでみる事にしました。

一般的に低心機能の透析患者におけるPD のメリットは以下の事項が挙げられます。
  1. 持続的かつ緩徐に透析が行われるため心機能への負担が少ない
  2. シャント造設が不要となるため心機能への負担が少ない
  3. カリウムの抜けが良い。

以下に当院で経験した3症例を呈示します。

症例1:52歳男性

腎硬化症のため6年前に血液透析導入。5年前に冠動脈バイパス術を施行されたものの、心機能低下(EF30%台)があり、HD 施行中に頻回に血圧低下し透析を終了しなければならない状態でした。

  • メチル硫酸アメジニウム(リズミックR)内服
  • 透析時間5時間への延長
  • ECUM の併用
  • HDF 施行

上記対応をしましたが、透析中の血圧低下を回避する事は困難でした。その一方で、dry weight まで除水しないと溢水状態で救急搬入される事を繰り返し、透析困難症の状態でした。冠動脈造影施行してみたものの、追加治療を要する病変は認められませんでした。軽労作で呼吸苦が生じ、日常生活の著しい制限があり、NYHA Ⅲ度の状態でした。

冠動脈造影所見

当初、週3回HD+週4回PDで導入したところ、HD 間もPD によって除水が行われている事からHD 中の除水が不要となり、結果としてHD 中の血圧低下が見られなくなりました。その後、PD での除水量のup に伴い週1回HD +週5回PD で安定しました。

さらにHD 単独療法時はHD 中の血圧低下を回避する為に導入困難であったRAS 系阻害薬(ACE阻害薬・アンギオテンシン受容体拮抗薬)の導入も可能となりました。労作時呼吸困難が消失し、頻回に必要としていた緊急透析を完全に回避する事が可能となりました(NYHA Ⅱ度) 。

*透析患者では体液量の指標としてhANP(human atrial natriuretic peptide)が頻用されており、透析終了時40~60pg/ml が適切とされています。* PD 併用後、DW を4kg上げていますが、これはPD 併用前に心不全から食欲が低下し、やせてきていたためです。PD 併用により食欲が回復し食事摂取が十分に出来るようになった事でDW を上げていく必要がありました。

症例2:71歳男性

8年前に急性心筋梗塞・うっ血性心不全で入院。左前下行枝の完全閉塞を認め、PCI 施行。その際、Cr4.7 と腎機能悪化を指摘されておりました 。6年前にHD 導入、導入時すでにUCG にてEF41%と低下していましたが、年々悪化し、血圧の低下も頻回となりました。冠動脈造影施行してみたものの追加治療を要する病変は認められませんでした。

症例1と同様の対応をしましたが、透析中の血圧低下を回避する事は困難でした。軽労作で呼吸苦が生じ、日常生活の著しい制限を認めNYHA Ⅲ度でした。

冠動脈造影所見

#1:100%,#6:25%,#7:25%,#9:90%,#12:90%(small),#14:50% ,collateral:LAD → RCA

右冠動脈近位部より慢性完全閉塞を認めましたが、側副血行路が発達しており、同部位へPCI 施行しても心機能の改善には繋がらないと判断し、PCI 施行しない方針としました。

PD 併用療法を開始したところ、本症例においても週1回HD +週5回PD での管理が可能となりました。さらにRAS 系阻害薬,Carvedilol,Spironolactone の3剤を併用開始しました。

症例3:56歳男性

(循環器内科部長 古賀敬史先生が当初担当されました)

XX 年7月5日、仕事中に突然胸痛出現し、60分後に救急搬入されました。冠動脈造影の準備中に心肺停止となり、心肺蘇生を行いながら経皮的心肺補助装置 (以下PCPS)、大動脈内バルーンパンピング(以下IABP)を挿入しました。 PCPS,IABP 挿入により心拍再開。左冠動脈主幹部の亜完全閉塞を認め、PCI 施行しました。

ICU 入室後、PCPS,IABP 挿入部からの出血、PCPS による溶血のため赤血球濃厚液の輸血約10L を要しました。また、心原性ショックのため、収縮期血圧60mmHg 前後で推移しました。PCPS,IABP 挿入部の出血、感染の合併のため、PCPS,IABP の早期離脱が必要となり、カテコールアミンの投与にて循環動態を維持しつつ第10病日PCPS 離脱、第11病日 IABP 離脱に成功しました。

しかし、その後進行性に腎機能が悪化し、第24病日BUN144.1,Cr5.66 となったためCHDF 開始しました。尿所見:蛋白(-)、血尿(-)、好酸球(-)で、コレステロール塞栓症を示す皮膚所見も認められず、低血圧に伴う腎血流低下が原因と推測されました。

CHDF 開始後もわずかな除水でショック状態となりCHDF の継続自体が困難となりました。

透析用ダブルルーメンカテーテルからの菌血症、不安定な循環動態、肺水腫持続のためPDへ移行する方針とし、第39病日PDカテーテル植え込み施行。PD 導入後、血圧は80mmHg 前後で推移したものの、ARB, β遮断薬導入も可能となり、人工呼吸器からの離脱にも成功しました。

考察

重症心不全に対するPD 療法は以下のように複数の報告があります。

The role of peritoneal dialysis in the treatment of refractory heart
  • failure. - Kagan A - Nephrol Dial
  • Transplant - 01-JUL-2005 ; 20 Suppl
  • 7 : vii28-31
Continuous ambulatory peritoneal dialysis is effective for patients with severe congestive heart
  • failure. - Takane H - Adv Perit
  • Dial - 01-JAN-2006 ; 22 : 141- 6
  • Peritoneal dialysis in congestive heart failure.
  • Adv Perit Dial . 2007;23:82-9.
  • Review.

HD 患者では低心機能のためにHD 継続困難となる症例をしばしば経験します。そのような患者ではHD 施行中の血圧維持を目的として、様々な対応がされますが、なおも血圧低下を回避できない症例があります。

K/DOQIclinical practice guidelines for cardiovascular disease in dialysis patients では透析患者の心不全に対してACEI/ARB, β 遮断薬の投与が推奨されています。また、厳格な体液量のコントロールも重要とコメントされています。

しかし、3症例ともにHD 施行中の頻回の血圧低下のため、HD施行下ではいずれも達成が難しい状況でした。心機能低下のためHD 継続が困難となった中で、PD併用により体液量のコントロールが可能となり、さらに常に緩徐に除水が行われているため血圧低下を回避しつつRAS 系阻害薬、β遮断薬を投与することで心機能の改善が得られたものと考えられます。

まとめ

HD 継続が困難となっていた低心機能のHD 患者に、PD 併用、心不全治療の基礎薬(ACEI/ARB、β 遮断薬、K 保持性利尿薬)を投与する事で心不全の改善を認めました。単に低心機能でHD 継続困難となった症例に対する代替手段としてPD を行うのではなく、心機能改善を目的としてPD 併用を行う事が治療法の一つとして確立されうるものと考えられました。(その後、症例数は増え、同様の症例2例をPD 導入しました)