腹部大動脈瘤の新たな治療法
医療関係者の方へ
腹部大動脈瘤の新たな治療法
最近、市販のステントグラフト(図1)が日本でも使用可能となり、腹部大動脈瘤治療が変わり始めています。テレビなどでも採り上げられ、外来でも最初からステントグラフトを希望される方もおられます。腹部大動脈瘤治療の現状および方向性につき述べたいと思います。

従来の腹部大動脈瘤に対する治療は開腹による人工血管置換術ですが、非破裂性腹部大動脈瘤でも本邦の手術死亡率は1~5%(専門施設で1%以下、専門施設に限定しない場合、4~8%)と報告されており(※1)、高度の侵襲を加える治療であることは否めません。これに対してステントグラフトによる大動脈瘤治療の利点は低侵襲性であると考えられます。外科手術に比べて切開が鼠径部のみで済むため、出血量や手術侵襲が軽減され、早期回復が得られます。特に高齢者や心、肺合併症など有する症例、破裂を含む緊急症例などではその違いを実感します。また消化管手術を同時または近接期に行っても感染の危険性が少なく、多発外傷などにも有用です。
しかし、欠点として様々な解剖学的な制約があり、現時点では図2に示す様な解剖学的適応を満たす症例のみステントグラフト留置が可能であり、腹部大動脈瘤治療の適応症例のうちでステントグラフト留置が可能な症例の方が少ないのが現状です。また、合併症についてはステントグラフトに特有の合併症としてエンドリーク(ステントグラフト内挿後に大動脈瘤壁内の血栓化が十分に得られないか、あるいは瘤壁に血圧がかかる状態が継続する現象)などがあり、特に遠隔期に新たに起こってくる場合もあり、追跡していく必要があります。
死亡率としてはEVAR(EndovascularAneurysm Repair Trials)として腹部大動脈瘤に対するステントグラフトと外科手術の中期成績比較を多施設ランダマイズド試験により報告されています(※2)。60歳以上、腹部大動脈瘤瘤径5.5㎝以上、解剖学的にステントグラフトに適合症例を対象としており、外科手術539例、ステントグラフト543例において手術死亡率は4.8% vs 1.7%、瘤に関連した死亡率は7% vs 4%とステントグラフトが良好です(図3)。ただし、低侵襲であっても合併症が生じた場合には死亡に至る症例もあることは銘記すべきでしょう。
ステントグラフトは1988年ウクライナのVolodosらによって大動脈瘤治療の臨床経験が初めて誌上報告され(※3)、1996年頃より腹部大動脈瘤治療用の製品が開発され、ヨーロッパやオーストラリアを中心に使用されるようになっています。その後は製品の改良を重ね、2006年7月ゼニスRが日本の薬事承認を取得し、その後エクスクルーダーR、パワーリンクRなど3種類の腹部大動脈瘤用ステントグラフトが市販されるようになってきました。また胸部大動脈瘤用ステントグラフトはゴアタッグR 1種類のみですが施設を限定して使用開始されています。実施症例数も着実に増加しており、2009年5月現在でステントグラフト実施基準管理委員会ホームページ(http://www.stentgraft.jp/)による登録症例数は2906例に及んでいます。日本血管外科学会の2007年の調査ではステントグラフト治療の割合は腹部大動脈で32%と増加してきています。
当院では以前から昭南病院朝戸先生の御協力の下で、特に緊急症例を中心にhand-madeのステントグラフト留置を行っていました。hand-madeのステントグラフトに関しては2006年以降、腹部大動脈、腸骨動脈領域では14例(うち破裂2例、切迫破裂1例)に施行し、生存13例、死亡1例(20病日、腸管壊死)であり、胸部大動脈では9例(うち破裂6例、切迫破裂1例)に施行し、生存8例、死亡1例(43病日、エンドリーク)という成績です。2008年4月ステントグラフト実施施設として認可を受け、市販のステントグラフトも使用可能となり、2008年8月~2009年5月に非破裂性腹部大動脈瘤7症例に対して市販のステントグラフト留置を行い、いずれも術後経過良好です。現在、待機的治療が可能な非破裂性腹部大動脈瘤症例を対象として市販のステントグラフト留置を行っていますが、hand-madeのステントグラフトの方が現時点ではグラフト径や形状を含め、フレキシブルな対応が可能なため、解剖学的制約がやや少なく、市販のステントグラフトと併用しています。今後、特に破裂を含む緊急症例にも対応できるような市販ステントグラフトの改良、改善が望まれます。
ステントグラフトなくしては恐らく救命できなかったと思われる印象的な症例を経験しましたので提示します。
症例は81歳男性。乗用車運転中、ガードレールに衝突し、受傷。他院にてCT上、腹部大動脈破裂の診断を受け、当院へ救急搬送されました。来院時vital signは保たれていましたが、前医CT(図4)にて大動脈分岐部上約2㎝にextravasationと後腹膜腔に多量の血腫を認めました。またfree airも認め、外傷性腹部大動脈破裂および腸管穿孔と診断しました。開腹しての腹部大動脈人工血管置換の場合、術後人工血管感染の危険性が高いと予想されたため、血管造影室にて局所麻酔下にhand-madeのステントグラフト内挿術を行いました(手術時間80分)。
その後、手術室に移動し、全身麻酔下に開腹しました。空腸に約5~6cmの穿孔を認め、同部をリニアーステープラーで部分切除し、再建は行いませんでした(手術時間140分)。術後第2病日再手術にて十二指腸.空腸吻合を施行しました。以後経過は良好で、術後3D-CT(図5)も問題なく、第58病日軽快退院されまた。
本例は腹腔内とは後腹膜にて隔絶されていたため、術後人工血管感染を心配する必要もなく、術後第2病日の再手術時には後腹膜腔の血腫が肉眼的にはほぼ吸収されていたことは驚きでした。通常の腹部大動脈瘤破裂時の開腹手術後は後腹膜腔の血腫の消退には数日~数週間は要し、出血傾向や循環動態の破綻を来し易いのですが、本例では非常に安定しており、改めてステントグラフトの有用性を実感した症例でした。
解剖学的な制約はあるもののステントグラフトが可能な症例は今後も徐々に増加すると思われます。また安全性やステントグラフト治療成績の向上に伴い、手術適応もより早期に行うようになっていく可能性があると考えられます。ただし、従来の開腹による人工血管置換術の比率は今後も減少するものの、その必要性がなくなるわけではなく、それぞれの利点を活かし相補的な関係としてより発展させていきたいと考えています。