病気の治療はピラミッド~循環器内科の思い

循環器内科有馬 喬

動脈とは心臓に直接繋がっている上行大動脈に始まり、首、頭、両腕、お腹、両足へと繋がっています。全身に汲まなく血液を送るため、心臓は非常に高い圧をかけて血液を送り出します。動脈の壁はこの高い圧を死ぬまで受け続けるため、本来非常にしなやかな血管となっています。「動脈硬化」とは文字通り動脈が硬くなることをいいます。動脈が硬くなると血管の内側が脆くなり、粥じゅくしゅ腫と呼ばれる脂や炎症細胞の塊がこびり付き、血管の中が徐々に狭くなっていき、ひどくなると完全に詰まってしまいます。またその粥腫が剥れて、血流に乗り、その先の細い血管を詰まらせたりもします。聞いた事がある患者さまも少ないと思いますが、普段私は外来で動脈硬化の進んだ動脈を「錆びた水道管」と表現しています。 

全身の動脈は全て同じ構造という訳ではありません。しかし、程度や機序の違いこそあれ、動脈と名のつく全ての血管に動脈硬化は起こりえます。そして動脈硬化の起こったそれぞれの場所で病気の原因となります。例えば、首や脳内の動脈ならば「脳梗塞」心臓の動脈(冠動脈)ならば「狭心症」「心筋梗塞」心臓の弁(ほとんど大動脈弁)ならば「大動脈弁狭窄症」お腹ならば「腹部大動脈瘤」腎臓の動脈ならば「腎血管性高血圧」「慢性腎臓病」足の動脈ならば「閉塞性動脈硬化症(ASO)」等々といった感じです。そしてこれらの病気は全て共通した動脈硬化という病態から生じる病気ですので、ひとつひとつ別々に起こるわけではなく、同時に起こることが考えられます。つまり、狭心症で掛かっている患者さまも首やお腹や足の血管を調べなくてはいけないということです。

余談ですが、かつて私が研修医の頃、内科の師匠であった某先生は言いました。「動脈硬化は畑みたいなもの。畑は地域によっていろんな野菜が育つでしょ?地域(脳、心臓、お腹、足等)によって育つ野菜(病気)は違うけど、野菜の育つ所には必ず畑(動脈硬化)があるから、ひとつの地域の野菜を見つけて満足してちゃいけない。そして畑が肥えている(動脈硬化が強い)ほど色んな野菜がたくさん育つ。」と。非常に心に残るお言葉でした。そんなお言葉を頂いた夜、某コンビニのフライドチキンを2本も食べている、りゅ…失礼しました、某先生の姿も心に残りました。

話を戻します。動脈硬化自体には、なんら症状がありませんし、糖尿病や脂質異常症のある患者さまは動脈硬化をさらに加速させます。特に糖尿病の患者さまは知覚(痛みを感じる)神経にも異常をきたしますので、例えば狭心症になった患者さまが、本来なら狭心症の症状である「胸の痛み」や「しめつけ感」を感じるはずなのに、「どうもない。」と言われることがあります(無痛性心筋虚血といいます)。ちなみに、私は研修医の先生と当直する時、「症状がない。」というのは二つのことを意味していると指導しています。一つは「本当に症状がない。」、もう一つは「症状が自覚されていない、訴えられない、もしくは診察している人が所見をとれていない。」です。動脈硬化は症状がないので調べようと思わなければ、一生調べない可能性もあるということです。そして動脈硬化で症状が出るときというのはすなわち動脈硬化が原因の病気になってしまった後ということになります。 さて、私はカテーテル治療を専門としていますので、動脈硬化が心臓の動脈に起こった事で生じる「狭心症(心筋梗塞)」を中心に私の「病気の治療についての考え方」を最後にお話させて頂きます。現在、狭心症に対して標準的な治療法として、循環器内科の行っている「冠動脈インターベンション(カテーテル治療)」や心臓血管外科が行っている「冠動脈バイパス術」はよく知られた2つだと思います。しかしその2つは狭心症の治療においてほんの一部でしかありません。

図に示すように、患者さま、患者さまのご家族が中心となる「生活習慣の改善」が全ての基本、土台となって、次にわれわれ病院スタッフのお仕事が始まります。例えば、栄養科による食事療法(栄養指導)、リハビリテーション科による運動療法、入院中、退院後のサポートをする医事課、ソーシャルワーカー等々その他多くの書き切れないスタッフのお仕事、さらに薬剤師、医師による薬物療法、そして最後に冠動脈インターベンションや冠動脈バイパス術など、いわゆる治療といわれるものが乗っかっています。

土台がしっかりしていないとその上に乗っかっているもの全てが安定しません。一番下の土台である生活習慣の改善は患者さま本人、患者さまのご家族のお仕事です。毎日毎日、脂たっぷりの焼肉(焼肉が悪いと言うわけではありません。)を食べる人にどんなにいい薬を飲んでもらっても、どんなにいいステント(風船)治療をしても、例え世界一の心臓外科医にバイパスをつないでもらっても土台である生活習慣がしっかりしなければその効果は期待できないという訳です。土台が大きいということは役目も重要ということです。私のやっているカテーテル治療はほんの治療の一部です。しかし、無くてはならないものです。

治療はピラミッド構造であるべきだと考えます。そしてそれは狭心症のみに当てはまるものではなく、あらゆる分野の病気の治療に当てはまるものと言えます。患者さま、患者さまのご家族、医師、看護師、その他多くのスタッフでともに作るものであり、誰か一人が頑張っても、誰か一人がサボってもいいピラミッドは作れません。

抽象的になってしまいましたが、私もより良い医療を提供できるよう日々頑張っています。これからも患者さま、患者さまのご家族、そして大隅鹿屋病院各部署全てのスタッフで揺ぎ無いピラミッドを作って行きたいと考えております。