冠動脈バイパス手術について
心臓血管外科里 学
冠動脈バイパス手術とは狭心症や心筋梗塞といった心臓の動脈(冠動脈)病変に対して行われる心臓外科手術です。カテーテル治療が直接病変部位を治療するのに対し、バイパス手術は病変より先の冠動脈に安定した血流を確保するため治療の概念が異なります。
バイパス手術は1960年代に始まり、近年は手術法や手術機器の進歩により成績は向上し、安全に施行できるようになりました。日本冠動脈外科学会の統計によると、2008年の定期単独冠動脈バイパス術の手術死亡率は1%以下でした。このように安全性は確立されてきましたが治療の質の向上のためにさらに手術の低て侵襲化が図られています。最近の手術適応の動向としては、カテーテル治療が病変の部位的に困難である場合、カテーテル治療で病変が再発する場合などがバイパス手術の適応となることが多くなっています。カテーテル治療と冠動脈バイパス手術の比較研究結果は報告により異なりますが、現時点で治療の優劣を競うことは重要ではなく、患者さまの基礎疾患、生活スタイル、冠動脈病変に応じた包括的治療が大切ではないかと考えます。
冠動脈バイパス手術にはおよそ50年の歴史があります。今回は、最近10年間での進歩などをお話したいと思います。冠動脈バイパス手術にはバイパスに使う血管が必要です。内胸動脈、橈骨動脈、右胃大網動脈、下腹壁動脈などの動脈、大伏在静脈などを使います。当院では内胸動脈、大伏在静脈を主に使っています。冠動脈バイパス手術の模式図を図に示します。内胸動脈はバイパスのための胸部の手術創より採取しますが、大伏在静脈の採取は下肢からです。数10cmの長さが必要であり、それに応じた皮膚切開が行われてきましたが、近年は内視鏡採取法の進歩により、手術創は3cm程度と大幅に短縮されました。内視鏡採取法導入前後の下肢創部の写真を掲載しております。美容上の違いは明らかですが、それ以外に手術創の治りが悪いとか感染、血腫、リンパ腫形成などの合併症が格段に低下しました。
バイパスを行う血管の直径は1~2mm程度で、髪の毛ほどの針糸で吻合します。バイパスの対象となる血管は心臓の横、下、裏にあります。心臓をあらゆる方向に牽引するため以前は人工心肺装置を用いて、心臓を止めてほとんどのバイパスを行っていました。もちろんこの方法でも人工心肺装置やバイパス手技の進歩により、安全性はさらに向上しております。一方心臓を動かしたままでバイパス手術を行う心拍動下バイパスも最近10年で進歩しております。バイパスの方法は安全性、治療効果を常に考えながら患者さまに最適な手術を選択しております。同時にカテーテル治療と組み合わせた形で最善の治療を決定することもあります。
当院では循環器センターとして狭心症や心筋梗塞の包括的治療にあたっておりますので、心臓血管外科や循環器内科へご相談ください。