指導医インタビュー④

2009年10月16日
指導医インタビュー④
教育管理部 臼井之枝

指導医インタビューは、救急部長 木村 圭一 先生です!
名古屋徳洲会総合病院より9月に転勤??されて来ました!
転勤と言うよりは、『お帰りなさい』が合っているかもしれませんね。
先生に質問をしてみました。
Q:大隅鹿屋病院の印象は?
blog20091017-1 みんなが色々な事に協力的だと思います。仕事が大変やりやすいですね。こちらが少しサボろうとすると、先生、それやらないのですか?と怒られますから(^_^)。必要な事をやろうとしても、手伝ってくれない病院もある中ですばらしい事だと思います。
やはり院長が良いからでしょうか(ごますりです)。

 

 

 

Q:自分たちの研修医時代と何か違いがありますか?
blog20091017-2 昔は、、、、というのはいつの時代も同じなのでしょうが、今の若い先生たちは恵まれていますよね。指導医の指導が悪い!なんて考えはありませんでした。教えてもらえないのは自分が悪い、失敗したのは自分が悪いでした。
休みなどもきちんと保証されていますが、私の時には3日に1回当直で、年中無休でオンコールでした。もちろん今の体制の方が良いですが。
逆にテキストやシミュレーター、off-the-job講習会など、指導医が何もしなくても、研修医の先生たちが自分で学べる環境もあるので、指導医の負担は減っているのかもしれませんね。

Q:大隅鹿屋病院の研修医の良いところはどこだと思いますか?
他の病院の研修医よりもかなり優秀だと思いますが、俺はできるんだ!と勘違いしていないところですね。俺はできると思った瞬間から成長が止まりますから。指導医が人間的な面まできちんと指導している(公私にわたり)からでしょうね。
後期研修に残ってくれる人が多いのもうれしい事ですね。

Q:指導医の仕事は大変ですか?
もちろん大変ですが、人を育てることは、自分が楽をできる事でもありますので、楽しいです。
また「Teaching is learning twice.」という言葉もあるように,自分の成長のためにも指導をさせて頂くという事は重要と思います。
医師は「師」と言う文字が含まれた職業ですので、人を育てる事は必須の仕事だと思います。

Q:先生の医師になってから一番の思い出はどんな事がありますか?
昔応援に行っていた病院で,自分しか外科医がいない時がありました。その時に,骨盤骨折の方が運ばれて来て、心肺停止になりました。色々処置をしたのですが、亡くなりました。蘇生処置を止める時、とても悩みました。今ここでやめたら,この人は死ぬんだ、、、と。自分が決めて良いのだろうか??と。
もし上司がいたら助かったのではないか、、、、と思いました。指導医って何でもできそうに見えるけど、自分たちと同じように怖い思いをしているんだなと思いました。
その時流行っていたのは、サザンオールスターズの「TSUNAMI」で、今でもカラオケで良く歌われますが、その頃の事を思い出します。

Q:研修医との思い出やエピソードは??
いろんな先生との出会いがありましたが、ほとんどの先生と今でも時々飲んだりできる事が幸せだなと思います。
偉くなって私を顧問として雇ってもらえたらなあと思います。皆で頑張りましょう。

質問が微妙に異なっているのはなぜでしょう??

と、問い合わせがあったので、お答えしましょう!
先生により、少しずつ質問を変えています。
大きく変わるといけないと思い、微妙に変えてみました(笑)
木村先生、お忙しい中、ご協力頂きましてありがとうございました。