「伝える」という事

2008年10月16日

「伝える」という事

研修委員長 田村幸大

「伝える」という事をめぐって、有馬先生と有留先生の間で親子喧嘩のようなやり取りになっており、
成り行きを面白がって眺めているところです。ここは、もう少しこだわって「伝える」という事を考えてみたいと思います。

先日「伝える」という事に関して印象深い経験をしました。

10月10日~11日にかけて毎月恒例の徳之島徳洲会病院の応援に行きました。

10日の13時前に病院に到着すると「AMIの患者さんがいます」と相談がありました。

すでにヘパリンやミリスロールの投与がされ胸痛は改善しているものの、私は翌日帰らなければならないため、
冠動脈の状態を評価しておく目的で13時半から緊急で冠動脈造影の検査を行う事としました。

造影してみたところ左前下行枝の完全閉塞でした。発症後4時間なので、ここはやは

り再開通させる価値があります。ワイヤを通す事にトライしました。

幸い完全閉塞した部位の通過に成功し、ワイヤの通過に伴って血流も再開しました。

続いて血栓吸引を行って良好な血流を得る事に成功。さらにバルーンによる病変部の

拡張、ステント留置とスムーズに進んで1時間ほどで治療終了となりました。

この半年間、循環器部長の古賀先生の指導下でAMIの治療をさせてもらう事が何度か

ありました。今回は一人で判断しながらという事で緊張の中での治療でしたが、無事

終了できホッとしました。

さて、この成功のポイントは何だったのでしょうか?

私の手技が上手かった?

特別、人と比べて器用な訳でもありませんから、メインの問題ではありません。

運が良かった?

確かに運も実力の内ですが、これもメインの問題ではありません。

一番のポイントは、何の予告も無く突然一人で治療しなければならない状況におかれ

ても、治療を貫徹できる経験とハートの強さを仕込んでもらっていた事です。

この事は指導する側の根気の強さ、治療に一緒に参加してくれるコメディカルの協力が無ければ出来ない事です。
これまで指導して頂いた古賀先生や名瀬徳洲会病院の生野先生、時間が長くなりながらも検査・治療に付いて頂いたコメディカルのお陰です。

心臓カテーテル検査を例にすれば、慣れた人だけでやってしまった方がずっと早く終わります。
コメディカルも早く仕事を終わる事が出来ます。しかし、これを続けていれば、いつまで経っても検査を出来る医者は増えません。結果として、
目の前の時間短縮に気を取られてしまったがために、いつまでも後進が育たない状況を作ってしまった事になるのです。

私自身、
医師としてのキャリアが短い時期から徳之島徳洲会病院や昔の大隅鹿屋病院など非常に人が少ない中で重要な判断を迫られる状況を経験してきました。
そのため上級医の庇護の元で活躍する事よりも早く自立してやっていく事の重要性と難しさを感じながらやってきました。

今、有留先生、江口先生、心臓外科をやっていく事に決めた(?)有馬先生に対して思っている事は、
私の”助手としての仕事”に熟達する事ではなく、私の”分身としての仕事”が出来るようになってもらう事です
��悪筆や朝が弱い事まで分身になる必要はありませんが)。助手は上級医がいないと役割を果たせませんが、
独り立ちした医師は”決断”が出来ます。

私の分身が増えて、徳之島のような医師が不足している環境を解消してもらう事を願っています。

当然、「将来自分の科を選ばない研修医に時間を割いて指導はしない」とか「外に出て行く研修医に指導はしない」
とかケチな事は言いません。内科以外の科の指導医も同じように考えています。

昔、指導をした後輩が、「こんな症例を経験したけど、先生から言われた事を思い出して治療をしたら上手くいきました」という報告を聴く事は、
非常に嬉しいものです。こればかりは経験しないとわかりません。

将来私が大隅鹿屋病院を去った時(具体的な予定はありませんが)に、半年経っても、1年経っても、それまでと変わらない診療体制、
研修医を育てる体制が続いている事。

今研修をしている先生達が外に出て行く時に独り立ちしている事。

それを目指して研修医の指導しています。

また、今回の徳之島でのAMIの治療がそうでしたが、分野によっては私自身も独り立ちを目指して指導を受けています。

研修の過程で重要な事は、勝手に進んでいく「大きな船に乗る事」では無く、小さくても良いから「自分の力で船を漕ぐ事」です。
そして当院は、その「船を漕ぐ力」を身につける事が出来る環境です。

最近のブログの記事でおわかりかと思いますが、私が昔指導医から習った事が劉先生

に伝わり、それが有馬先生に伝わり、さらに有留先生に伝わっています。

その中で「船を漕ぐ力」も伝わっているのだと思います。