大隅鹿屋病院救命救急センター ~木村圭一という男~

2008年9月4日

大隅鹿屋病院救命救急センター ~木村圭一という男~

循環器内科 有馬 喬

2008年8月23日、大隅鹿屋病院から一人の外科医が去って行った。

その男の名は、木村圭一救急部長。

身長180cmを越す大きな男である。

体重と腹囲は存じ上げないが、おそらくかなりなものである。

その風貌から彼は鬼軍曹と言われ研修医達から恐れられていた。

ちなみに病棟では「声が素敵な木村先生」として皆に評判であった。

声意外の評判は把握していない。

歩くスリッパの音が現在当院循環器内科医として名を馳せている小生有馬と似てい

ると言われていたようである。

朝、外科病棟に上がると、

「あ!違った!木村先生かと思ったのに!」と言われたことが何度かある。

朝の弱い小生にとって朝から微妙な一言である・・・。

「わたくしめでは、役不足でございましょうか!?」

と聞いてやろうかと思ったが27歳のいい男が上司に嫉妬してもしょうがないので、

毎朝欠かさず飲む牛乳のCa(カルシウム)の力を借りて気持ちを静めたことがある。

・・・話を戻そう。

彼が大隅半島の救急医療において無くてはならない当院の救急部長として、志半ば

にしてなぜ当院から去られたかは想像できない。

しかしながら、彼の指導した研修医の救急医療におけるレベルはどこの病院に出て

も恥ずかしくないものと自身を含め、そう自負している。

自身が他病院に研修に出た時、そう確信した。

例えば、交通外傷患者で頭部を強く打撲し、鼻出血のある患者にいきなりNG(Nasal

-gastric)チューブを突っ込もうとする場面や、出血性ショックの患者にアルブミン

製剤の点滴を始め、自身が全開で落としていた点滴を止められる場面を経験した。

この2つの症例での対応の落ち度を来年来られる研修医の先生は予習してきていただ

きたい。

こんなことを当院の救急外来で行えば、たちまち鬼軍曹の大きい顔・・・もとい、

鋭い指摘が飛んでくる。(実際にあの大きい顔が飛んできたら360Jの除細動に匹敵す

る衝撃だろう。)

そんな彼の育てた「一体何科の科の医者なのか未だに不明・有馬」、「そんな有馬

に憧れ当院に入職したが、最近謀反を企む1年目・有留」は彼が当院を去ることを知

った時、ある思いを共にした。

「孤高の救急部長が去った今、大隅半島の救急医療を根底から支える当院の救急体

制をもっと充実させるにはどうしたらいいだろうか?」

自身としては救急要請のあった全ての救急車を当院に搬入できるようにしたい。

そのためには、まず当院に専門医も常勤しない、特に脳外科、産婦人科、小児科の

常勤医を確保する必要がある。

徳洲会の医者として救急車を「専門医がいないので。」と断るのは非常に忍びない。

いすれは「大隅鹿屋病院救命救急センター」として組織していきたいと思う今日こ

の頃である。

センター長はもちろん、鬼軍曹・木村圭一である。

と言っても現段階では、彼の指揮下にあるのは「一体何科の科の医者なのか未だに

不明・有馬」、「そんな有馬に憧れ当院に入職したが、最近謀反を企む1年目・有留

」の2人でありいささか心許ない。

しかし心許なくはあるが、全ての救急医療を一手に引き受けられる、魅力的な救命

センターを軍曹の帰還までに組織しておこうという熱い思いを、自分の育てた若い

医者が抱いているということを軍曹にはご理解いただきたい、またこの思いを貫く

ことが軍曹への感謝の意、そのものであることを。

そして、この思いを小生有馬の医者としての礎を築いていただいた木村圭一鬼軍曹

に御礼の言葉に代えさせて頂きたい。

また会う日まで。

大隅鹿屋病院 有馬 喬