バランス感覚

2008年3月18日

バランス感覚

後期研修委員長 田村幸大

 

臨床の現場では教科書に載っていないような色々な事が起こります。

機械弁を使った弁置換術後の患者さんが脳出血を起こした

→抗凝固療法はどうしよう?

腎機能が進行性に悪化している患者さんの血液培養からMRSAが出た

→バンコマイシンを使わないといけないか?ザイボックスにするか?

外来でかかりつけの患者さんが腰が痛いと言っている。しかし、腎不全も心不全も

持っている。アセトアミノフェンは効かないらしい。

→鎮痛剤はどうするか?

他にも色々あります。

「事件は会議室で起こっているんじゃない。現場で起こっているんだ!」と叫びたく

なるような事がよくあります。

有馬先生がやってくれた造影剤腎症の勉強会から研修医の先生方に一番学んで欲し

かった事は、「腎機能障害の人に造影剤は使わないようにしましょう」という事では

無く、「目の前の腎機能障害の患者さんに造影剤を使わなければならない。それなら

ば何に注意して使うか?投与した後は何に注意してフォローするか?」という事でし

た。「使わないようにしましょう」だけであれば、勉強会をするまでもなく、単純に

「クレアチニン1.5以上は造影剤投与禁止!」と言うだけで済みますから。

教科書的に「腎機能障害があれば造影剤を投与しない」という事を、どんな状況でも

忠実に守る人は診断の遅れからどこかで必ず患者さんを失います。

逆に「造影剤腎症なんて気にしなくて良いと習ったから、CTを撮る時は必ず造影する

んだ」という人も、どこかで必ず腎機能障害の進行を早めて患者さんを透析に追い込

んでしまいます(造影剤腎症を発症した人の生命予後が悪いというデータも出ていま

す)。

目の前の患者さんの何週間か先の腎機能の事よりも、診断をつけなければ何時間(場

合によっては何分後)か先の命が危ない状況では確実に検査が優先されます。一方、

単純CTやエコー、MRIなどの代替手段でも診断を付けられる病態で、緊急性もないの

に何も考えず造影CTを撮影するのは非常に愚かな事です。ちなみにup to dateの”造

影剤腎症”の中では、「造影剤腎症予防の第一選択として造影剤を投与しないで済む

方法を検討する」と書いてあります。そこを検討した上でやはり造影剤投与以外に診

断方法が無い時に勉強会で出てきた補液やメイロンやNアセチルシステインが出てく

る訳です。

また、リスクを知った上で造影剤を投与すると言っても、どのような状況(具体的に

は脱水とか糖尿病とか心不全とか)がリスクが高いのかを知らなければなりません。

リスクが高い人にリスクを承知で造影剤を使用した際は、その後のフォローアップも

重要です。しかし、造影剤腎症では非乏尿性腎不全が多いのです。単純に尿量だけの

フォローでは腎機能悪化を見逃す可能性があるという事も知らなければなりません。

一つの問題に対しての答えは教科書に載っていても、複合した問題に関しての答えは

なかなか見つけられません。色々な事を考えながら最も適切な治療を考えるしかあり

ません。「腎機能障害があっても造影剤を使っても良いか、否か」という視点では無

く、「この患者さんに最も適した検査、治療は何か」という視点で考えていくしかあ

りません。

実は「注意しろ注意しろ」としきりに言いながら、慢性腎臓病の患者さんをたくさん

診させて頂いている関係上、腎機能障害の患者さんに対して造影剤投与をよくしてい

ます。他にも使用時に届け出が必要なカルバペネム系の抗生剤を一番使っているのも

内科です。できるだけ温存しましょうとしきりに言っているザイボックスを一番使っ

ているのも内科です。色々なベネフィット、リスクを検討した上で、それが最適だと

思うから使っています。

一例として造影剤腎症を取り上げましたが、「内科医は内科的治療に拘りやすい」

「外科医は外科的治療に拘りやすい」と言われています。常にバランス感覚を持ちな

がら最適の検査や治療を提供できるよう経験を重ねていく事も大事な研修だと思いま

す。ローテーションしている科と関係無く他科の先生に気軽に相談できる当院は恵ま

れた環境だと思います(他院で上の先生に断りなく他科の先生に相談していたら怒ら

れたという先生も知っていますので)。

この環境を上手く利用してバランス感覚を持った医師として成長していって欲しいと

思っています。