屋根瓦方式

2008年2月29日

屋根瓦方式

研修委員長 木村 圭一

 屋根瓦方式の研修システムをとっていますと説明会で解説がありますが、この屋根瓦式研修システムと言うのは、
学生さん達に理解されているのかな、、、と思う事があります。

 誰が名付けたのか分かりませんが、1年目は2年目が教え、2年目は3年目が教えるという方式です。何故これが良いのでしょうか?

 人に指導する場合、気をつけなければならない事が3つあります(何故3つかについては“http://202.133.118.29/trainee_doctor/archives/2008/01/post_38.php”>過去の記事を参照して下さい)

 何が分からないのか

 知りたい事とマッチしているか(レベルが高すぎないか)

 オプションの知識が必要かどうか(コツみたいな事も含めて)

 一つずつ解説させて下さい。

(1)何が分からないのか?

 私は16年目の医者です。歳とったせいもあると思いますが、昔の事は思い出せません。
1年目で初めてCV入れた時の事は全く覚えていません(トロッカーを入れた時は覚えていますが)。何が分からなかったのか、、、、
よって指導する時にも、研修医の先生の分からない所が想像できません。しかし、2年目の先生はそれを覚えています。
CVはどこから入れるのか?えっと内頚静脈ってどこにあるんだっけ?消毒は何を使ったら良いのか?そもそもCVって何??

(2)知りたい事とマッチしているか?

 初めてCVを入れる先生であれば、場合により初めての局所麻酔かもしれません。よって、
その場合にはまず局所麻酔のやり方だけ覚えてもらっても良いでしょう。あるいは消毒のやり方でも、、、、
その先生が何を知りたいかを考えなければなりません。

(3)オプションの知識が必要かどうか?

 人に何か教える時には、どうしてもこれは大事だよ、これはコツだよ、ほらこうやってやると良いんだよ、、、と色々言いたくなります。が、
初心者には毒にさえなります。いくらおいしい料理でも量が多ければお腹一杯になってしまいます。2年目の先生は、難しい事も余り知らない
��失礼!)ので、余計な事も教えません。よってこう言った場合でも指導者として適しています。オプションが必要なレベルに達したら、
もっと上の指導医に教えてもらえば良いです。

 屋根瓦式はこういう点で良い研修システムと言う訳です。

 それに従えば、学生さんは1年目の先生が教えるのが最も適していると言う事ですね。多くの研修病院は、
学生さんと研修医が一緒に行動してもらう様にしているのはそういう理由です。

 Teaching is learning twiceという言葉もありますし、
研修医の先生を鍛えるためにも是非多くの学生さんの見学・実習をお待ちしています。


出会いと別れ

2008年2月28日

出会いと別れ

2年次研修医 有馬 喬

冬の厳しい寒さも時折優しさを見せ始め、もう春はそこまで来ている。

今週は福岡徳洲会病院から一昨年、一緒に当院で研修した懐かしい友人である立石

先生がやってきた。

1ヶ月間ではあるが内科研修をするようだ。

しかし、その癒し系の風貌、まるで変わっていない。

なんちゃってヴィジュアル系アリマックマとは違い、ホントに癒し系タテックマ。

そのままローソンで売られていても、ヴィッツの隣に乗っていても、何の疑問も抱

かれなさそうである。

また大学の友人と4月から入職する後輩も今週、アパート探しでやって来た。

友人も来年、研修病院の選択肢として当院を考えてくれているらしい。

うまくいけばTEAM ARIMAの結成も意外と近いかもしれない。

結成何年後かに「音楽性の違いで解散します。今までどうもありがとうございまし

た。」と記者会見しなくていいように頑張ろう。

まして数日後の新聞で「お金に踊らされた英雄達、TEAM ARIMA、憎しみの果てに

解散!!」

なんて記事を新聞(徳洲新聞)に書かれないように頑張ろう。

春は優しく暖かい季節。

一年に一度だけだが、桜は毎年必ず最高に美しく咲き乱れ、人々を沸かせる。

そして新たな出会いはさらに人々を沸かせる。

しかし、春は冬を凌ぐ厳しく寒い一面も持つ。

立石先生と城戸先生は3月いっぱいで当院を去る。

出会いもあれば別れもある。

そんなことは幼稚園の時から分かっている。

しかし何度経験しても寂しいものである。

それぞれ皆、残りの1ヶ月精一杯頑張って、大隅鹿屋病院の精鋭であったことを自負

し、新たなステージで頑張ってくれればと思う。

しかし、当院に残る自分が去りゆく2人に負ける気はサラサラない。

とも思っていることを付け加えておく。

みんなで頑張ろう。

長い人生のほんの一瞬ではあるが、同じ時代を同じ病院で過ごした戦友へ。

※ヴィジュアル系は「時代」と書いて「とき」と読むことが多い。

“http://202.133.118.29/trainee_doctor/archives/2008/01/post_46.php”>
http://202.133.118.29/trainee_doctor/archives/2008/01/post_46.php


処置の善し悪しは気持ちの問題でもあります

2008年2月27日

処置の善し悪しは気持ちの問題でもあります

研修委員長 木村圭一

 “http://202.133.118.29/trainee_doctor/archives/2008/02/post_65.php”>前回の記事でも書きましたが、
処置と言うのは弓道と通じる物があります。今回もその話です。

 的に当たる事を的中と言います(解説するまでもないですか)。この「中」と言う字は当たると言う意味で、
的を矢が貫いた様を表しています。弓道と言うのは不思議なスポーツで、的を狙うとかえって当たらない事があります。また、
当たらなくてもいいや、、、と思っていても当たりません。無の境地(中庸)に立った時に当たる訳です。

 ちなみに中村中(あたる)
という歌手がいるようです。上から読んでも“http://www.yamamotoyama.co.jp/main.html”>山本山、下から呼んでも山本山みたいです。

 処置も同じような事が多いです。点滴をさす場合、入れてやるぞ!と思ってもダメな事がありますし、指導医がいるから自分がダメでも、
、、、と思っても入りません。この患者さんのために、、、という気持ちだけで入れないといけません。

 良く言われる事がいくつかあります。

 針は一つだけ用意すべし 複数用意すると複数使う羽目になるから、、、一発で決めると言う心構えで望むべし。

 自分が一番上手いんだと思うべし 他にこの点滴を入れられる人間はいない!自分が入らなかったら患者さんは困るんだ!と思うべし。

 他に思いつきませんでしたが(“http://202.133.118.29/trainee_doctor/archives/2008/01/post_38.php”>3つ言わないとダメでした(^.^))
、例えば研修医の先生が入らなかった時に、指導医が入れてしまえるのは、経験があるからだけでなく、入れられなかったら恥ずかしいとか、
入らなくてもこいつが何度も刺した後だから俺のせいじゃないとか、色々な気持ちが違うからです。
気持ちの問題ならば研修医だって指導医に負けないはずですので、皆さんも色々思う事を変えながら処置を行ってみて下さい。

 それから、正射必中と言う言葉もあります。正しい打ち方、正しい心で矢を放てば、必ず当たると言う訳です(詳細は忘れましたが、
的は決まった距離、決まった高さ、決まった大きさです)。医療の現場では、上手く点滴などが入らないと、
介助してくれた看護師さんのせいにしたり(小児科では特に患児を押さえてくれる人の技術が重要です)、この人は血管が細いから、
この人は太っているから、、、、等と自分の責任ではないとしてしまう事があります。しかし、正しい点滴八節(以前の記事を参照)
を行えば入るはずだと言う気持ちで、きちんと手技を行うよう努めたいものです。

 中心静脈ラインを入れる時に、ガイドワイヤーが動くかどうかを確認するようにうるさく言っておりますが、
これをおろそかにする人は上手くならないでしょうし、人に教える事も出来ないと思っています。


当たってもダメ、当たらねばなおダメ

2008年2月25日

当たってもダメ、当たらねばなおダメ

研修委員長 木村圭一

 私は学生時代弓道部に入っていました。3年生の時に友人と一緒に作ったのです。“http://202.133.118.29/shokuinboshu-rinshokenshui-boshu-shoki-kenshuiinncho.html”>研修委員長の挨拶にも書いておりますが、
研修と言うのはクラブ活動に似ています。病院を選ぶ時には、クラブ活動を選ぶように選んだら良いと思います。

 この文章の題名は、静岡県だったか浜松だったかの弓道の偉い方が、昇段審査の時に言っておられた言葉です。
矢が当たるのが当たり前で、当たった場所が重要なアーチェリーとは違って、弓道はその過程を重視します(的の縁に当たろうが、
ど真ん中だろうが同じです。どうしても勝敗が決まらない時には関係あるのですが)。的に当たっても打ち方が美しくないと、
昇段できるとは限りませんよ、、、、と言う意味です。

 弓道は、射法八節と言って、
足を開いて立つ所(足踏み)から、矢を放ち(離れ)、その後の姿勢(残心あるいは残身)にまで言及しています。
矢を放つ動作までに6つの動作(足踏み、胴作り、弓構え、打ち起こし、引き分け、会)があり、放った(離れ)後に「残身(ざんしん)」
と言って良い姿勢でなければならないのです。矢を放つと言う動作が目立ってしまいますが、それは8分の1でしかないのです。例えば、
足踏みは的を見ながら足を肩幅に開くのですが、これがダメだと当たりません。やり直しは出来ませんので、最初の段階でもう当たらない、、、、
とがっかりする事もあります。矢の狙いを調整すれば良いのではないかと思うのですが、まず当たりません。
当てようとするとかえって当たらないのです。弓道は精神面に大きく影響されるスポーツなのです。

 これは医療で行う手技や治療にも通じます。例えば点滴は、血管に当たってもすぐ漏れたりしますが、
血管に当たらなければやはりダメです。点滴にもやはり8つの動作があります。これを点滴八節と呼びましょう。

 足踏み 点滴をさす時に足の位置をどうするか自分で決めておくべきですね。挿管でも足を前後に開いておくと入りやすいです。

 胴作り 足以外の体勢も重要です。

 弓構え 点滴で言えば、点滴の針の準備ですね。針の先端の切れ込みをどっちに向けるかと言う事も考えないといけません。

 打ち起こし 駆血帯を巻いて準備をします。

 引き分け 消毒をします。

 会 どの血管に刺すか触診します。「はやけ」と言ってすぐ刺すのは弓道では好まれません。

 離れ 血管に針を刺します。

 残身 点滴を刺してほったらかしでは看護師さんに嫌われます。

 一つの手技には、6つの前準備があり、手技が終わった後も色々と考えなければなりません。また、
離れまでの動作の一つでも悪いと矢が当たらないように、準備が悪いと点滴も入りません
��昔点滴の封を自分で開けないと点滴が入らないと言う先生がいましたが、弓道をやっていなかったら、なんてアホなヤツだと思った事でしょう)
。準備にしても、点滴を思う存分やれるためには、必要な針が充分そろっていなければなりません。これについても、
担当の看護師さんが不足しそうになったら資材課に注文し、資材課の方達は注文を予測して発注しておき
��マクドナルドは予想して作っておくそうですね。逆にモスバーガーは注文を受けてから作るんだそうです)みたいに、
色々な行動には多くの前準備や色々な人の見えない努力があるという事を思い出す必要があります。また、処置が終わった後は、
充分後片づけをし(医者はしない事も多いですが、少しでも楽になるよう、散らかさないのがマナーですね)、
その行動が適切だったかを検討しなければなりません。

 矢が放たれる音と残身を見るだけで、その人の弓のレベルが分かると言っている人がいました。点滴で言えば、結果(点滴の入り具合)
を見て、その場の散らかりようを見れば、その人の点滴の腕も分かると言う事ですね。

 医者は色んな所で色々な処置をしますが、陰で支えてくれている人の事を思い、準備や後片づけを大事にするように心がけたいですね。


有馬少年物語 -とあるノコギリクワガタとの思い出-

2008年2月23日

有馬少年物語 -とあるノコギリクワガタとの思い出-

2年次研修医 有馬 喬

その日は天気のいい土曜日だった。

どこまでも続く青い空には白い雲が1個だけ浮かんでいた。

少年の小学校では土曜日に集団下校をしており、家の近い1-6年生が一緒に下校する

運動場に集合している時、友達のひとりがなぜか紙コップを持っていた。

「それ何?」

「クワガタ」

中には大きなアゴを持つノコギリクワガタが入っていた。

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少年の家は平地に建っていたので、滅多に家にはクワガタはやって来ない。

ゴキブリはたくさんいたが…

その友人の家は山のほうだったのでたくさんクワガタもカブトムシも捕れるらしい

少年はそのクワガタが欲しくなった。

友人に何回もお願いして譲ってもらえることになった。

早速、家に帰り少年は父親に連れられ、近くの店に飼育用品一式を買いに行った。

1匹飼うのには大きすぎる飼育箱を買ってもらった。

少年は毎日夜9時にエサをやった。

世の小学生らしく画用紙を引っ張り出し、スケッチも描いた。

少年は絵が苦手だったので、あまりうまく描けた記憶はないが。

神童にも苦手な事はある。

中学校の時は美術の先生と仲が悪く2か3しかもらったことがない。

一回だけ美術が5だったことがあるが、後々その先生に聞いたところ、なんと誰かの

成績と間違えてたらしい。

全くいい加減な奴だ。

クワガタは昆虫綱甲虫目クワガタムシ科に含まれる昆虫である。

2年間、土の中で幼虫として生活するものが多いらしい。

少年のもらったノコギリクワガタは、幼虫で1年目の冬を越し、2年目の秋に羽化し

て成虫になるが、その年の冬はそのまま土の中で越冬する。

そして3年目に土の中から出てくる。

一般に土の中から出た後は越冬はしない。

飼育環境によっては越冬することもあるらしい。

少年のクワガタは長生きだった。

ちょうど今頃、2月あたりくらいまで生きた気がする。

「越冬するかもね。」

と言われ少しわくわくしてた。

しかし、別れは突然やってきた。

いつものように夜9時にエサをやりに行くと、エサを入れる容器の前で動かなくなっ

ていた。

「死んだふりか?」

手にとってみるがやっぱり動かない。

少年が全てを理解するまでにそう時間はかからなかった。

「死んじゃった…」

少年はひとり涙を堪えた。

「お前がちゃんと世話したから長生きしたがね?明日ちゃんと埋めてやりなさい。明

日埋めてやるまではお前の役目だから。」

落ち込む少年にそう父親は言った。

我慢していた涙があふれ出した。

その夜、少年の枕は1匹のノコギリクワガタと過ごした8ヶ月分の思い出で濡れた。

次の日は土曜日だった。

赤い目のまま学校から帰ってきた少年は、小さい赤いスコップを手に庭へ出た。

昨日の夜で涙は枯れてもう出なかった。

「ばいばい。」

そう言うと少年は静かに土をかぶせた。

ふと気付くと後ろには少年の祖母が立っていた。

“http://202.133.118.29/trainee_doctor/archives/2007/12/post_26.php”>
http://202.133.118.29/trainee_doctor/archives/2007/12/post_26.php

「この花を飾ってあげないね。」

手には、白と黄色のスイセンが握られていた。

「うん。」

「また会えるといいね?」

「どこかで待っててくれてるよ。」

「ばあちゃんも死んだら待っててくれる?」

「ずっと待ってるよ。」

少年の目からは、昨日枯れたはずの涙が再び溢れていた。

その日は天気のいい土曜日だった。

どこまでも続く青い空には、初めて出合ったあの日のように、白い雲が1個だけ浮か

んでいた。

おしまい。


スーパードクターK

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“mso-fareast-font-family: ‘MS 明朝'; mso-fareast-language: JA”>
2008
“FONT-FAMILY: ‘MS 明朝'; mso-fareast-language: JA; mso-ascii-font-family: ‘ヒラギノ角ゴ Pro W3′; mso-hansi-font-family: ‘ヒラギノ角ゴ Pro W3′”>年222

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スーパードクターK

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研修委員長 木村 圭一

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 “http://202.133.118.29/trainee_doctor/archives/2008/01/post_51.php”>田頭先生の記事のコメントで思いついたので記事を書いてみます。

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 題名の偉大な医師は漫画の主人公です。私が学生の時に週間少年マガジンで連載しており、
これを読んでいないと同じ班の仲間との会話について行けなかった記憶があります。口頭試問と称して、
「Kが母の死を完全に理解したのは何歳の時か」「彼が医師としての節目を迎えたのは何歳か」などと質問し合っていました。
現在も単行本が売られていますので、読んだ事ない人は是非読んで下さい。医師としての生き方が描かれています。作者は現役の医師だそうです。

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 私の好きな話は、、、、今は大学教授となった医師が、
国家試験に落ちた時に実家に帰った時の話です。女手一つで育ててくれた母が腹痛を起こし、超田舎(雪国です)
だったので病院へ連れて行く事も出来ず、治療をする(試験に落ちたのに本当はいけないでしょうが、、、
反復する意志がないので業とはみなされないのでしょうかね)のです。子供だったK(泊まりに来ていたんです。実家は旅館)
に道具を借りて手術を開始。難しい病気だった、、、、癒着もあって学生には無理(って当たり前!!)。そこへKの父(これまた偉大な医師)
がやって来て、任せようとしたら、、、何故途中で逃げる、手をかけた患者は最後まで面倒を見るのが医師の努めだろうと言うのです。
マージャンばかりやってさぼっていたその医師は、きっと死に物狂いで勉強したのでしょう。有名大学の教授になったと言う訳です。

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 この話に出てくる高品先生と言う医師が成長して行く姿も面白いです。
自分もこうやって頑張らないと、、、、と思います。

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 院長は漫画を読んでいるとそんな暇があったら論文でも読みなさいと言いますが、
漫画も良いのが結構ありますから!医局に是非スーパードクターKそろえて下さい!

 


孤高な当直医の願い

2008年2月21日

孤高な当直医の願い

2年次研修医 有馬 喬

大隅鹿屋病院に復帰して3週目を終わろうとしている。

やっと当院型=戦闘型の体に戻ってきた。

8月から1月まで忙しい当直は皆無であったので、それに慣れてしまった体が戦闘型

に戻ってきた。

痩せたという意味ではないのがいささか悲しい。

まあいいだろう。

大きな身体でも機敏に動く。

まあいいだろう。

脚は結構短いが、回転数を上げれば何とかなる。

まあいいだろう。

かつて友人とパンツを買いに行くと、自分だけ裾上げを頼まなくてはいけないのは

苦痛であった。

武田鉄也氏は脚が短いのを柔道のせいにしていたらしい。

話を戻そう。

今は戦う整形外科医である。

肺炎、心不全を合併しても戦う。

最近やっと、整形外科的な画像の読影や診察が何となく分かってきた。

とはいえ、1年後に今と同レベル、もしくはそれ以上の診察、読影ができなくなって

いては2ヵ月回った意味が無いのでちゃんと覚えておかなければならない。

久しぶりに手術で縫合させてもらうと、なんとヘタクソなことか↓

あんまり時間をかけて丁寧にすると、今度は看護師さんの視線が集まる。

視線を集めるのは元ヴィジュアル系として気分がいいのだが、「早く終われ。」的

視線は苦しい。

美しく早く縫うよう今はただ必死である。

汗かきの自分にとっては術野に汗を落とさないようにするのも必死である。

「流れる汗も素敵ですね」なんて言ってもらえると調子に乗りそうだが、世の中そ

んなに甘くない。

だが、2月頭に縫合した人より、今週縫合した人の創のほうが明らかに綺麗な気がす

る。

前田先生の指導によるものである。

ちなみに、「傷」と「創」は意味が違う。

頭をぶつけて来院した人で出血がないからといって、「明らかな外傷無し。」とカ

ルテに書くと確実に木村先生に締め上げられる。

4月からやってくる先生はきちんと調べるて来ること。

さて話はもう一回変わって、当直医のささやかな願いを少し。

一昨年前に資材課の方にお願いしたのだが却下された話である。

自分は資材課の方々とも仲良くさせて頂いている。

入職前に自分は、井戸先生に「他に何か聞きたい事ない?」といわれた時、「病院古

いですね。いつ建て直すんですか?」と聞いたというのは有名な話である。(らしい)

まだ入職もしてないのに、「病院建て替えてください。」発言に比べれば屁みたい

なものだと思うのだが。

では、そろそろ本題に。

人間に限らず全ての動物は排泄という行為が生きている限りつきまとう。

現在、わが国はウォシュレットトイレの普及が凄まじい。

TOTOのショールーム行った事があるが、まさかトイレに感動する自分がいるとは思

わなかった。

十数年前、有馬少年の家にウォシュレットのトイレが入ったときは軽く御近所の自

慢だったのだが、今やコンビニのトイレもほとんどそれである。

当院にも何台か入っているようではあるが。

自分はウォシュレットがあまり好きではない。

やはり、お尻は心温まる柔らかいティッシュで拭くものである。

しかし、当院に置かれている紙は、なんと硬いことか。

当直明けに使うと一日中お尻に力が入らない。

ここまで硬いティッシュを柔らかくしてくれないなんて、なんて頭の固い事だろう。

とも思ったが、コストの面で無理なのだろう。

病院経営とは難しいものである。

いい匂いのするものでなくてもいいので、せめてエリエールのシングルのやつにし

て欲しい。

“http://www.elleair.co.jp/”>http://www.elleair.co.jp/

あまり言うと、せっかく仲良くしてくれている資材課の方に嫌われてしまうので、

自分が当直の時はエリエールを持参しようかと考えているところである。

ちなみにエリエールを製造する大王製紙から賄賂をもらっているからエリエールの

名前を出すわけではない。

最近、当直、夕診、レポートに追われ、ふと病院のトイレの紙なんぞに目が行って

止まない神童であった。

おしまい。


プレゼンテーション

200年2月19日

プレゼンテーション

研修委員長 木村圭一

 医者はプレゼンが得意です。と言うのは嘘で、プレゼンをする機会が多い割には、下手な人が多いです(私も下手です)。
プレゼンと言ってもスライド(私はマイクロソフトが嫌いなので、PowerPointとは絶対言いません。あえて言うなら“http://www.apple.com/jp/iwork/keynote/”>Keynoteと言います)
を使ってやる物ばかりではなく、ちょっとした説明なども含みます。外来や病棟回診はもちろん、カンファレンスや、手術前の患者さんに対して、
看護師さんを始めとするコメディカルに対してもです。独身の頃は、院外でも異性に対してよくプレゼンをしたものです。
研修医の時に上司に言われました。患者さんに説明するのと、女性を口説く事は似ているので、先生はムンテラ
��これは差別用語なので使うべきではないと言われていますが、他に適切な言葉がなかなかありません)が下手なんだよと。確かに、某院長や、
某副院長は得意です。きっと無馬君(仮名)も上手いでしょうね。

 話がそれましたが、医師にとってもプレゼンは身に付けておかなければならない技術の一つです。折角素晴らしい治療をしても、
患者さんに理解してもらえなければ、裁判沙汰になる事だってあります。私に女性を口説く事を勧めた?上司も、
8割はムンテラが物を言うと言っていました。

 どんな技術もうまい人のを見て覚えるのが一つの方法です。私の尊敬するApple社(Macを作っている会社)のCEO
��最高経営責任者、Chief Executive Officer)である“http://ja.wikipedia.org/wiki/スティーブ・ジョブズ”>スティーブ・
ジョブズ
は最もプレゼンが上手な人として知られています。彼のプレゼンは、とてもシンプルです。
��つのスライドには1つの事しか書かれていません。また、スライドを見る事はなく、彼の視線は常に聴衆に向けられています。もちろん、
どのタイミングでスライドを変えるかなどを考え、何度も練習している訳ですが。

 ある新製品を紹介する時には、特徴を一言で言い表します。逆に言えば、新製品の事を研究し、
何が最も訴えたいのか考えなければなりません。そういう訓練は日々の臨床でも重要で、サマリーを書く時には、
一体この患者さんから何を学んだのか?を書くようにしなければなりません(が、最近言ってません。田頭先生ごめんなさい)。
病状を説明する時でも、とにかく今危険な状態であると言う事を理解してもらわないといけません。ある雑誌に載っていた話ですが、
脳死状態になった患者さんのご家族に色々と説明し、最後にご家族が、「あの、、、いつごろ意識は戻るんでしょうか?」と言われたそうです。
これは脳死が理解しにくい物であると言うことでもあるでしょうが、やはり説明が悪かったんでしょうね。

 話は変わって、現在全国のあちこちで、徳洲会の研修説明会を行っています。色んな病院の先生がプレゼンをするのですが、
色々参考になります(これについては別の記事にしたいと思います)。私が気をつけているのは、やはり言いたい事を絞る事です。
何と3分しか時間がありません。1分で一つと思って、3つです。

 鹿屋とはどんな所か。

 食べ物はおいしいか。

 研修はどうなっているのか?

 鹿屋とはどんな所か? 地図を示し、国生さゆりさん、哀川翔さん、横峯さくらさんの故郷ですと言います。幸いな事に、
みなさんメジャーなので理解して下さいます。“http://www.seikatsusoko.co.jp/”>生活創庫の社長(“http://ja.wikipedia.org/wiki/堀之内九一郎”>マネーの虎に出ていました
や元AV女優の豊丸さんが“http://ja.wikipedia.org/wiki/鹿児島県出身の人物一覧”>鹿屋出身だと言っても、
マニアックな人にしか分かりませんので(^.^)。

 食べ物は? 森伊蔵、海、魔王と言うおいしい焼酎は鹿屋付近で造られています。ラブリーと言うスイーツも鹿屋が本社です。
肉も魚もおいしいです!と言いたいのですが、削除しています。病院と全く関係ないですね!

 研修は? 本来はこれが本題となるのですが、他の病院と同じ様な話になるので、
研修医ブログと言うのをやっていますと言う事だけ言っています。最近のテレビCMもWebをご覧下さいと言うのが多いですよね。

 先日の説明会で、ブログのURLが書かれた名刺を渡したら、これが欲しかったんです!ブログ見たいです!と言われました。
名刺を渡して喜ばれた事があまりないので、嬉しかったです。

 取りあえず、言いたい事は一つに絞ると言う作戦は成功したようです。見学に来てくれるかどうかは、ブログの内容次第です。
これからもブログ頑張って書きましょう!


全ての人に歩く喜びを

 200年2月18日

全ての人に歩く喜びを

2年次研修医 有馬 喬

「最近ブログを書かないの?」

と、よく言われる。

先日、話した事の無い職員さんにも言われた。

どうやら院内に「隠れブログ読者」なる方が存在してしまっているらしい。

これは、迂闊に軽はずみなことは書けなくなってしまった。

別にブログが書きたくなくなった訳ではない。

しかし、今自分は3月初旬までに提出してしまわないといけない研修医レポートなる

ものに追われている。

自分は足が遅いため既に追いつかれて、捕まってしまっている可能性もある。

「入職して2年間もあったのに、何やってたの??」

と、教育管理部の方は言う。

個人情報のことも考え、教育管理部の方とだけ言っておこう。

しかし、教育管理部は1人なので名前を出さないことに意味は無いかもしれない。

そういう訳で、このレポートを終わらせないと、4月からも「2年目研修医」という

不名誉な身分でブログを書かないといけないので焦っている訳である。

院内ですれ違った時、是非「頑張れ!」と言って頂きたい。

皆様のそのたった一言で元気が出る。

そしてもっともっと自分は成長させて頂けると思う。

(太るという意味ではない。)

決して「溜めるおまえが悪いんだよ。」と言わないで頂きたい。

(もっとも、貯まるのはお金だけにして欲しい所ではあるが。)

川南の神童はとても繊細でなのである。

自分は「繊細かつ大胆」がコンセプトである。

(外科医みたい。)

まだまだ荒削りであるが…。

さて、復帰して、整形外科で頑張っているので脚の話を少々。

最近、大腿骨頚部骨折の患者さんが立て続けに入院となった。

今日はCHS(Compression hip screw)であった。

自分は整形外科領域に限らず脚には非常に興味がある。

脚フェチという意味ではない。

糖尿病や動脈硬化で脚を失う人は少なくない。

大腿骨頚部骨折も高齢者の寝たきりの原因のトップ3に入る。

二本足で歩く、いわゆる「直立二足歩行」は人間が人間たる象徴である。

(寝たきりの方が人間で無いなんて意味ではないので、誤解の無いように。)

立って歩ける全ての人は自分の脚で歩く喜びを深く深く感じて頂きたい。

歩けなることによるADL(Activities of Daily Living;日常生活動作)の低下は火を

見るより明らかである。

そして、自分はその喜びを忘れた人、忘れかけた人、忘れなくてはならない人に再

び喜びを感じさせられるような医療がしたい。

4月から当院内科で循環器を中心に研修して行こうと考えているが、下肢血管につい

ても勉強したいと思っている。

利光先生が口から物を食べることを重視するのと同じく、自分は自分の足で歩くと

いうことを重視する。

そして、脚を失うそんな方の光となりたい。

今回は当直中 + X-JAPANを聞きながら書いたため、少々熱い事も書いてしまった。

この話を聞いて、「しまった!2月14日に個人的にチョコレートを渡せば良かった!」

と気持ち後悔している貴女。

ご安心を。

今もこれからも受付中である。

おっと、こんな時間である。

そろそろレポートに戻らねば。

おしまい。


のれん

2008年2月12日

のれん

��年次研修医 有馬 喬

先日、研修説明会で青森まで行った。

東京より北に行くのはかなり久しぶりであり、まともに雪を見るのは高校の修学旅

行以来である。

宮崎では、「粉~雪~ねぇ♪心まで白く染められたなら♪(粉雪:レミオロメン)」と、

心まで白く染まるなんてまず無い。

「心まで白く」って、一体どれだけ降ればいいのか見当もつかない。

ところで雪といえば、「犬は喜び、庭駆け回り…」という歌を知っているだろうか

?

この歌、本当だろうか?

かつて我が家の犬は、寒いと餌の時間でさえ小屋から出ようとしなかった強者もい

た。

無理に引っ張り出そうとすると、全力をもって反撃に出る。

しかし、有馬少年は負けなかった。

自分は徳川綱吉では無い。

有馬家に飼われる犬として常に気品高くあらなくてはならないのである。

まして主人に逆らうことなどあってはならない。

と、思いつつも、愛らしい顔でこちらを見られるとついつい気を許してしまう。

これが猫だったらもっと手玉に取られていたかと思うと恐ろしい。

青森と言えば、十数年前に台風でリンゴに多大な被害が出て、その時に落ちなかっ

たリンゴが「落ちない林檎」として受験生に大人気!なんてこともあった。

日本は平和な国である。

一体いつからこの国はこんなに歪んでしまったのだろう。

…まあ、今日は政治の話は止めておこう。

肝心の研修説明会はというと。

のれんに腕押し感が何とも否めない感じであった。

「鹿屋?どこにあるんですか?」

まあ、妥当な反応だとも思えるが。

個人的には徳洲会グループの説明会に参加すると、いつも徳洲会に足りないものが

見え隠れしているようでならない。

グループ内、大体どこの病院も極めて早い時期から色んな手技を経験させ、即戦力

となるような教育を行う。

そして、研修説明会に来る研修医はその経験の数を誇らしげに語る。

実にワンパターンである。

実際は、後から振り返って、その手技自体は適切であったか、その手技の適応は本

当にあったのか、次に自分はどのような症例に今回できるようになった手技を施行

するのか、等考えるのが重要だと思うのだが、どうも手技をしたこと自体に満足し

ていそうな感じで話をする人がたくさんいる。

以前、大学病院の先輩に言われたことがある。

「お前のいる徳洲会は手先だけは器用だ。」と。

確かに、目の前に倒れた患者さんがいたとして、色々対処できるのは間違いなく徳

洲会の研修医であるが、処置後の、その症例について評価、指導という点では、医

者の少ない徳洲会ではさらっと流されている感じがするのも否めない。

しかし、当院はその点、非常に厳しい。

自分のしたいことが自由にできる病院であるが故に、厳しいのだと思うが。

という感じでしゃべったが、あんまり聞いてくれてなかった気がする。

やはり、一回来てもらうのが手っ取り早いが、なかなか難しい。

研修医集め、奥が深い。


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